read-read-read's blog

本と生活について書くブログなのだ。君が好きだ。

 発達障害関連のまとめサイトを読むと自分と同じもどかしさや悔しさ、苦しみを抱えた人がたくさんいることを知れて少し安心した。性格が悪い。

自分よりはるかにまずい状況で戦う人の書き込みもあり、そういうのを見ると大変悲しくなった。

 

 

冬定番になった思考停止(頭の中でのモノローグが流れない状態)が先日解けたのが嬉しすぎる。

自己の同一性が回復して、過去の思い出に連絡できるようになった。

 

去年の失恋、引きこもり、無気力状態(10月-)から

今年の元旦の奮起、1月下旬からの冷え込みでまた雪だるま状態、

そして先週のマイスリー事件(マイスリーを服用して3日間記憶がなく、その間会った人々に「悪態をつかれた」「非常識な行動のオンパレードだった」と聞かされる)

からの

唐突な自己回復による

過集中の復活、脳内での音楽のリフレイン、異常な回数の入浴、、、

など 思春期に戻ったような状態。 普通ではないが、自分。

 

寒さも軽くなってきて、少し元気が出てきた。

 

 

2月頭から本を乱読し(その前まで本も読めなかった。一行読むのに牛歩な状態。頭に入らない、情景を描けない、感情が伴わない、そんな読書。)

 

 

頭というフィルターに活字を大量に流し込むことで、

 

また、

 

登場人物の痛みや無常であり無情である世界を胸に取り込むことで

意識の表面にのぼらない部分に 思わず深い癒しが行われたようだった。

 

 

自分がこんな ありさま で

両親が可哀相だと思う「余裕」(これすらもないのが続いた。自分は鬼畜だ、甘えた鬼だ。)が出てきたのも

人間としての回復だと思う。

 

 

 

昨夜の発達障害や情緒障害に関する記事の検索で

自分はたくさんの人によって、成人までに抱えた取り返しつかそうな問題を

一本づつ花を集め、花束にするように 自分を愛してくれる一人一人の力で

大きく癒されてきた(むしろその過程)のだなあと感じた。

 

 

同時に

 

どこに行ってもつきまとう自分のようなうすのろを目の敵にする人々(悪意の人もいれば相性の悪いだけの人もいるだろう)

との

終わらない禍 を考え、少し憂鬱にもなった。

 

 しかし

 

過去の自分は 被害者であると同時に

無意識の加害者、いや無神経ないやなやつ、だった(思春期)

 

そこからたくさんの痛みを経て

 

ほんの少し穏やかに なれた気がする。

(自我の根っこが邪悪なので自分は常に「それ」を監視しなければばらない、ということを認めれた)

 

 

朝から

つい長文で何書いてるのかね。

 

 

早くもっと暖かくなってくれ。

 

 

了。