read-read-read's blog

本と生活について書くブログなのだ。君が好きだ。

村八分にされてこその本分、と思うしか無い訳じゃないからね

 どうも。昨日は寝てる間も今日のバイト午後二時からを恐れて遅刻しないかな遅刻しないかなって思ってたら案の定この有様で睡眠不足(軽度と中度の間くらい)昨日は朝から晩までバイトの本社に居て、すり減ってたんだけどその後の知り合いの集まりで村八分喰らって(被害者面して逆恨みしてるけど原因はほぼ俺、でも逆恨みするね、わざわざ意地悪するっていう行為が俺はしなくて他人がスル一番嫌いな行為だからさあ!)悪魔みたいな気持ちで家まで徒歩一時間、すごい顔で帰って。強盗でもいようなら襲って来てほしいぐらいのもんじゃい!という荒れ具合。アレ具合。でも村八分にされてひとりで皆が歓談してるとこから離れて座って連中がちらちら見て来てさあ、帰り道に思い出したのは、学生時代のいじめ。すごいいじめられてた頃も、うつ病で大学で友達が居ない時も感じた孤独感。いやもう孤絶感と言わせてほしい、世界に拒否された自分、世界を拒否しかえす自分。でもそれがある意味自分のルーツになっていて、もう人格に根付いてるから、孤独を感じたとき久々に「ああ、コレコレ!!」っとしっくり来てしまった哀しい部分もありつつ。あと昨日はパトス?エロス?とタナトス、生の欲動死の欲動についてすごく考えた。多分死が近い程生は強く光る気がする。死が近いっていうのはもう嫌だ消えたい全部消えてしまえ自分も含めてという感情を背中あわせにしてるってことで細胞とか病気とか老衰とかそういう話じゃない。ある意味このタナトスーパトスはより大きな「でっかい生」の中に内包されてるそうじゃなきゃ死んじゃうし。これまで自分の好きになった表現も生の欲動死の欲動どっちかよりかぐちゃぐちゃに絡み合ってるかって感じで。だから結局話が戻るんだけど死にたい程生きたくて孤独って死にたい寄りの心地いい生きたいの表面の惨めさの泡。よく分からないけど孤独は力。人間は一人じゃない!も本当だけど辛いとき響かない。人間は一人だよ!家族も友達も知り合いも知らない人も皆関係ないよ!どうせ一人。一人でいいんだ。一人なんだ。「自分は自分」でもうそれでいいんだって。最低限の社会との擦り合わせは必要だろうけどさ。すごく首筋が凝ります。自律神経と布団と枕とベッドとそして自分自身の問題ですねこれは。恋すると傷ついて疲れるからあまり異性に興味を持つの辞めてる。今日真面目だな。気持ち悪い。まるでアスカtoシンジ。今からバイトですよ皆も今がいつでどんなシュチュエーションでも大丈夫、人間はひとりだ。